「家庭経営」や「会社経営」に様々なツールが必要なように、「人生経営」にもそのためのツールが必要です。
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きょう(2/20)は白内障の手術。
2012年02月20日 (月) | 編集 |

きょう(2/20)は左目の白内障の手術をしました。

病院はお茶の水の井上眼科

漫画家の小林よしのりが自分の白内障体験を描いた『目の玉日記』を読んで白内障手術の様子は知識として頭の中に入れておきましたが、2006年発行の本なので、当時の手術とは違っていた点がありました。

まず、手術台が違っていました。
『目の玉日記』ではベッドだったのですが、井上眼科では歯医者や床屋で使われているようなリクライニングの椅子でした。

麻酔は注射ではありませんでした。
『目の玉日記』では、麻酔注射がかなり痛かったと描かれていましたが、井上眼科では、麻酔そのものが目薬になっていたので、痛い思いはしないで済みました。

手術中に目を大きく見開いたままに固定するのは、『目の玉日記』では器具でしたが、井上眼科では、幅広い透明なセロテープのようなものを、見開いた目玉に直接張り付けられました。

手術室の椅子に腰掛けていたのは30分ほどでした。
日光の入らない部屋のリクライニングチェアで30分ほど休んで、それで退院です。

受付をしてから、支払いを済ませて病院を出るまで所要時間はちょうど3時間でした。

                  (472字)


失明しても睡眠中の〈夢〉は観られるのでしょうか?
2011年10月05日 (水) | 編集 |
私は毎晩〈夢〉を観ています。
それも〈長い夢〉です。
一晩に全く違う〈夢〉を二本、三本と連続して観ることもあります。
しかも、目覚めたときにはその内容の大部分を覚えているのです。

だから、私はこれを〈脳内映画館〉と読んでいます。
この映画館は、観る映画を自分で選ぶことはできませんが、いつも無料です。

私は、毎年100本以上の映画を映画館で観るようにしています。ところが、私の緑内障は進行が早いようなので、もしかしたら、あと2,3年で映画館には行けなくなるかもしれません。

そうなったときの楽しみは、この〈脳内映画館〉なのですが、果たして失明しても、今までのように、睡眠中の〈夢〉を観ることができるのでしょうか? 
 
                 (297字)


「人生に迷ったら原点に戻れ!」と聞かされてきた人は多いでしょう。
2010年07月10日 (土) | 編集 |
       ★人生の「原点」とは?★.


「人生に迷ったら原点に戻れ!」と聞かされてきた人は多いでしょう。

でも、その「原点」とは、何のコトなのでしょうか?

そこまで教わっている人は究めて少ないのではないでしょうか?

何が「自分の人生の原点」なのでしょうか?

それは、「自分が本当にやりたいコト」でしょうか?
それとも「自分に与えられている使命・天命のコト」でしょうか?

その「原点」とは、誰にも共通しているコトなのでしょうか?
あるいは、人によって様々に異なっているコトなのでしょうか?

「原点」とは、スタート地点のコトなのでしょうか?
それとも、ゴール地点のことなのでしょうか?

「人生経営」とは、まず、この「原点」を大切にするところから始まります。

                  (296字)




「自分起こし」とは「高い目標」に挑戦すること
2007年11月17日 (土) | 編集 |
「高い目標」とは、自分自身が理想とするレベルのことだ。
周囲の人が「そんなことが出来るわけがない」と思いこんでいることであっても、自分が望むのであれば、その実現に挑戦することだ。

「高い目標」だから、本気になれる。
「高い目標」に挑戦するから、成長できる。
「成長を実感できる」から、続けられる。
「できるまで続けていく」から、最後は成就する。

まだ誰も手がけなかったことに挑戦することだ。
「自分にしかできないこと」に挑戦することなのだ。



「自分起こし」とは「本当にしたいこと」を明確にすることだ。
2007年11月14日 (水) | 編集 |
「本当にしたいこと」なら既に自分には見えているはずだ。
「何をしたいのか?」が見えているはずなのだ。
「どのようにしていきたいのか?」も決めているはずだし、
「なぜやりたいのか?」も判っているはずなのだ。

「本当にしたいこと」ならもう始めているはずだ。
迷わずに、ためらわずに、自然に始めているはずなのだ。
もう既に「できること」から始めているはずだし、
「できる範囲」からでも始めているはずなのだ。

「本当にしたいこと」なら途中で迷わないはずだ。
「迷う」ということは「本当にしたいことではない」のかもしれない。

「本当にしたいこと」なら「できあがる」まで続けられるはずだ。
「本当にしたいこと」なら「いつまでも続けていたい」ものなのだ。

「本当にしたいこと」が無い人には<自分起こし>はできないだろう。